趣味なし夫婦のシンプルライフ

趣味なし、友達なし、それでも楽しく暮らす夫婦の日常。日々思うことなど。

ご飯が美味しいと感じられなくなった

何故だろうここ数日食べ物がおいしいと感じられていない気がする。
何か美味しい物が食べたいと思うものの何を食べても美味しいと感じられない。

コロナで味覚や臭覚を失ったわけではなく、普段と同じように匂いも味も感じるのに不思議です。

私がいつも「何か美味しい物が食べたい!」と思う時は、誰かが作ったご飯が食べたい時。
なので、週末のお昼はラーメンを食べに行き、翌日はスーパーのお惣菜を買って食べたのに、なんだかイマイチ「美味しかった!」と思えないのです。

やっぱり味覚がおかしいのか、疲れているのか。
そんな時、久しぶりに本屋さんで何となく惹かれる本が有り、買って帰りました。

1ページに1つ、生活に取り入れられる禅の考え方が書いてあります。
毎日数ページずつゆっくりと読んでいるのですが、その中で「喫茶喫飯」と言う言葉がでてきます。
お茶飲む時はお茶をいただくことのみに集中する。ご飯をいただく時はご飯をいただくことのみに集中するという意味だそうです。

そう言えば、いつも食事の時には何かを見ながらだったり、聞き流しながら食べていたな。
食事に限らず、料理をする時も何かを聞いていることが多いかも。
「ながら」が日常的になっていることに気づきました。

食べる、料理をする、お風呂に入る。
耳は空いているので、ついついこの時間を利用して何かを聞いてしまっていますが、1つの行動に集中することが有っても良いかもしれない。

早速今日から、せめてご飯を食べる時は食事に集中してみよう。
夜はいつも一人で食べるのですが、無音でただ食べる事に集中してみました。

そうすると、いつもよりなんだかお米が美味しく感じられました。
自分の作ったおかずもちょっとだけ美味しい気がします。

相変わらず早食いですが、いつもより少しだけ箸を置く間を取ってみました。
そうすると、食べ終わった後の満足感がいつもより有りました。

「ながら」は時間を有効活用できる気がしますが、何となくセカセカした空気を纏っているような気がします。
大して忙しくもないのに、忙しい気になっているような。

今している事だけに気持ちを向けると、なんだか心に余裕が出てきて、贅沢な気持ちになるのだと気が付きました。
優雅な大人の時間は、こんなちょっとしたことでも感じられるんだな。