趣味なし夫婦のシンプルライフ

趣味なし、友達なし、それでも楽しく暮らす夫婦の日常。日々思うことなど。

修行

私は”せわしない”人間です。
身近な人からよくそう言われますし、自分でも思います。
プライベートでは、本当にじっとしていることがありません。
なぜなのかは自分でも分からないのですが、とにかく「あれをして、これをして、その後これをして」と落ち着きなくやることが浮かびます。

平日仕事をしているせいで、休みの日にやることを詰め込んでしまうというのも有るかと思いますが、夫は休みの日でも私がワサワサと動いているのでいい迷惑と感じているかもしれません。
私の最高の贅沢は、平日に有休を取り一人で過ごすことなのですが、この日は何もしない日!と事前に決めなければ、つい出かけてしまったり、油断するとすぐ「あれをしよう、これもしよう」とまたせかせかと働いてしまいます。

ゆっくり過ごしたいと思ってるはずなのに、このせわしない性分が時々優雅な休日を邪魔するのです。
1日何もせず読書に没頭する、そんな過ごし方も本当は好きなのですが、最近はそんな時間を過ごすことがほとんどなくなってしまいました。
年々落着きが無くなっているのかもしれません。

そんな私ですが、なぜか仕事はじっと座っていなければならない事務職。
これが本当に不思議なのですが、元々今の会社も事務職で入ったわけではなく、どちらかと言うと肉体労働でした。
にもかかわらず、色々な事情が重なり、今では事務職。
しかも割と暇な仕事です。
普通ならなりたい人が沢山いるであろうこのポジション。
この年齢でなぜこんな状況になれたのか自分でも不思議で奇跡だと思います。

ただ、私にとっては動き周り、体もかなり酷使する以前の仕事の方が楽しくやりがいもありました。
体を動かすとどんどんやる気も出て、なぜかエネルギーがあふれてくるのです。

でも、不思議な流れで今の仕事に流れ着きました。
しかも、転職したわけではなく同じ会社に居ながらのこの流れ。
傍から見ると、給料も上がり、体も楽になり、良かったね~、と言われますが、せわしない私にとっては当初かなりきつかったです。
転職も本気で考えました。

でも、ある時思ったのです。
これは天から与えられた修行ではないかと。
今のお前は少し落ち着いて、じっと動かずいることが必要だと強制的にこの状況が作られたのではないかと。
転職したところで、この修行を乗り越えるまではまた同じ状況になるのではないかと。

そう思うと、だんだん今の仕事が苦痛ではなくなってきました。
職場の人間関係を円滑にすることを考えたりするうちに、人間観察が楽しくなってきたり。
特に苦手と感じる人物や、職場で厄介者とされる人を観察していくうちに克服法が分かってきたりして。
今では癖のある人が多いこの職場も気に入っています。

それから、今書いていて気が付いたことが有ります。
私は基本的に父親似で、この’せわしない’性格は完全に父譲りの物です。
振り返ると、父も私が十代半ばの頃色々あり転職し、事務職となりました。
それまでは全く異なる職種だったのに!
もしかして、同じ道をたどっているのでは・・・・

現在父は修行を終え(定年し)余生を過ごしていますが、相変わらず落ち着きなく動き回っています。
修行の成果はあまりなかったようです。

私もあんな風にせわしない老人になっていくのだろうか。